仮面の忍者赤影のキャストの現在を調査!坂口祐三郎など出演者の今は?

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1967年から全52話放送された特撮時代劇「仮面の忍者赤影」。空飛ぶ円盤や巨大なロボットを操る謎の忍者軍団。戦国時代とは思えない怪人物たちと、影一族の三人が忍術合戦を繰り広げました。

初放送時の視聴率は20%前後でしたが、何度も再放送された人気ドラマです。現在でも新しい書籍が刊行されるなど、熱心なファンが多い作品となりました。

そんな特撮時代劇「赤影」の主な出演者の現在を調査しました。

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赤影/坂口祐三郎さん

赤影は、忍びの名門「影一族」の1番手。赤い仮面で素顔を隠し様々な忍法者と渡り合いました。

坂口祐三郎さんは、高校卒業後に東映に入社。劇団俳優座で演技を学び、1961年「新諸国物語黄金孔雀城」で映画デビューしました。

その後、映画界では良い役に恵まれませんでしたが、「仮面の忍者赤影」の主演に抜擢され人気を得ました。

ご家族についてはあまり公表されていませんが、奥様の晴美さんがいらっしゃいます。坂口さんは「赤影」を演じたことで、多くの人の記憶に残りましたが、良くも悪くも生涯離れることができなかった作品でした。

俳優として一線から離れ、風俗ライター、日光江戸村、俳優養成所の講師などを務めていましたが、2003年脳幹出血のため61歳で永眠されました。

白影/牧冬吉さん

白影は槍術を得意とする忍術のベテランです。

巨大な凧に乗り様々な場面に登場しました。牧冬吉さんは、劇団前進座を経て仲間と新たに劇団を創立。運営はうまくいきませんでしたが、テレビドラマ「豹の眼」の関係者と出会いテレビ界に転出しました。

「怪傑ハリマオ」「隠密剣士」などに出演。その後も子供向けドラマに助演し、人気を得ました。

ご家族についてですが、東京在住の時に最初の結婚しますが離婚。京都で出会った歌手でタレントの藤吉佐登さんと再婚されています。

共演者からの信頼も厚く、現場のまとめ役だった牧さんでしたが、テレビ時代劇「御家人斬九郎」の出演を最後に1998年肺炎のため67歳で永眠されました。

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青影/金子吉延さん

青影は、刀と鎖分銅を武器とする少年忍者。青のマフラーには赤紫の水玉が描かれていました。

金子吉延さんは、4歳で「劇団あすなろ」に所属。5歳で映画デビューしています。1966年「大忍術映画ワタリ」に出演。11歳で初主演となりました。

その後も「河童の三平」「どっこい大作」で主演を務め活躍されましたが、24歳で俳優を引退しています。

その後も「赤影」の取材やイベントに出演。2022年67歳を迎えた現在も、公式ホームページでファンとの交流を続けています。

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影烈風斎/徳大寺伸さん

烈風斎は、赤影の父で影一族の頭領です。雷丸との戦いで討ち取られてしまいました。

徳大寺伸さんは、慶應義塾大学を中退後1932年に松竹に事務職として入社。しかし、松竹映画社長の推薦で俳優に転向。「大学の若旦那」で映画デビューしています。

その後、2枚目スターとして活躍をされました。戦後は東映京都に移籍、数多くの時代劇に出演しています。

演技の研究に熱心で若手の指導にも力を入れており、自ら劇団を立ち上げたこともありました。1974年に俳優を引退してからは、タレント養成所を設立。1995年に83歳で永眠されました。

木下藤吉郎/大辻伺郎さん

木下藤吉郎が琵琶湖周辺を治めていた頃、「金目教」という怪しい集団の探索を影一族に命じました。

大辻司郎さんは、俳優を志し早稲田大学演劇科に入学。中退はしましたが市川崑監督の目に止まり、25歳で大映に入社しています。

主役はありませんが、多くの作品で助演、その存在感は大いに注目されました。気に入らない衣装であれば自前で用意し、常に一流品お好み趣味のカメラにもかなりお金をかけていたそうです。

第1回ベストドレッサー賞を受賞するなど、順調に思えた芸能生活でしたが、私生活で問題を抱えていたようで38歳で永眠されています。

ホテルオークラで発見された時は遺書はなく、遺体は本人の遺志により献体されました。

竹中半兵衛/里見浩太郎さん

半兵衛は、天下泰平を願う木下藤吉郎のため、影一族を横山城に呼び寄せました。

里見浩太朗さんは、1956年に東映に入社。「天狗街道」で映画デビューしました。その後も数多くの東映時代劇に出演。テレビでも「水戸黄門」「長七郎江戸日記」などで活躍されています。

ご家族についてですが、三十歳で一般の方と結婚。長男は俳優の佐野圭亮さんです。38歳で離婚しますが、2年後に再婚し現在もお二人で暮らしています。

2022年に86歳を迎える里見さんですが、近年も舞台やテレビ、コンサートと大活躍を続けていらっしゃいます。

ベロベロ・ペドロ/大泉滉さん

ペドロはポルトガル人の科学者です。第2部「卍党編」に登場しました。

宣教師ジュリアンと二役を演じたのが大泉滉さんです。祖父がロシア人という家庭で育ち13歳から児童劇団に所属していました。

1940年には「風の又三郎」に出演。15歳で映画デビューしています。のちに文学座に入団。テレビでのコミカルな演技が注目され、声優・吹き替えでも活躍されました。

ご家族についてですが、女優の倉田真由美さんと最初の結婚。後に再婚したみちこさんとは夫婦で共演することもありました。

どのような役を演じても怪しい雰囲気を漂わせる俳優として、活躍された大泉さんですが1998年肺がんのため73歳で永眠されました。

甲賀幻妖斎/天津敏さん

幻妖斎は、「金目教」を率いる謎の祈祷師。甲賀流の忍者を操り京を目指しました。

天津敏さんは、宮城県の師範学校を卒業後教員となり、戦時中は海兵団で少年兵の教官を務めていました。

戦後には教員を離れ、1953年に32歳で東宝に入社しています。テレビに進出してからは、「豹の目」「隠密剣士」など子供向けの作品で悪役として活躍。その後はアクション映画や任侠映画にも起用されるようになりました。

悪役だけでなく正義感溢れる熱血漢を演じることもあり、幅広い役柄で活躍されましたが、1979年に脳内出血で倒れ心不全のため58歳で永眠されました。

朧一貫/阿波地大輔さん

朧一貫は、体を紙や紙吹雪に変えることができる忍者です。

阿波地大輔さんは、同志社大学を卒業後、東映京都撮影所でエキストラを世話するアルバイトの責任者をしていましたが、いつしか自分も出演する側になっていたそうです。

淡路島出身とのことでこの芸名を名乗るようになりますが、初めて役がついたのは1961年の「柳生武芸帳・夜桜秘剣」でした。

その後は悪役としてテレビ・映画で活躍。コミカルな演技も出来る俳優となった阿波地さんでしたが1994年62歳で永眠されました。

魔老女/新屋英子さん

魔老女は、数百年も生きながらえている甲賀の忍者です。新屋英子さんは1957年に劇団「関西芸術座」の設立に参加。俳優としての活動が始まりました。

ご家族についてですが、脚本家で演出家の鵜野明彦さんと結婚。娘のジュリさんは2019年まで俳優として活動していました。

ご夫婦で関西地区を拠点とする劇団「野火の会」を設立。市民参加型の劇団もいくつか創設し後進の指導にも力を入れていました。

新屋さんの一人芝居は若手俳優の手本となり、2000回以上の全国公演がされています。演劇界の発展に尽力された新屋さんですが2016年87歳で永眠されました。

暗闇鬼堂/原健策さん

暗闇鬼堂は、根来十三忍びの頭領です。

怪忍獣を操り織田信長を討ち取ろうとしました。原健策さんは1923年に「第二新国劇」に入団。大河内伝次郎さんとともに看板役者となりました。

映画界に転身して阪妻・千恵蔵・嵐寛寿郎の相手役で多くの作品に出演されています。戦後に東映専属となってからは時代劇の所作を後輩に指導するなど、製作者や若手に信頼されるベテラン俳優となっていました。

ご家族についてですが、元宝塚歌劇団の乙女松子さんと結婚。お子さんが6人誕生し末っ子は女優の松原千明さんです。60年代には多くのテレビ時代劇で活躍。2002年老衰のため96歳で永眠されました。

人むかでの矢尻/末広真樹子さん

人むかでの矢尻は、根来十三忍びの一人です。

「大百足ドグマ」を操る忍者でした。末広真樹子さんは大学卒業後、関西地区でラジオ番組に出演。「赤影」が俳優デビューとなりました。末広さんはタレント業と共に様々な方面で活動されており、画家として「二科展」に10年連続入選。42歳の時には「天むす・すえひろ」を立ち上げています。

1995年からは参議院議員を6年間勤めましたが、愛知万博をめぐって騒動が起きてしまいました。近年は歌手として活動を始め2022年に78歳を迎えますが活躍中です。

夢堂一つ目/汐路章さん

魔風忍者を率いる魔風雷丸。これら天下を乱す忍者や武将を演じたのが汐路章さんです。

汐路章さんは、1950年代に東映に入社。映画会社と専属契約を結び月給制で様々な映画に出演する大部屋俳優となりました。

通行人、斬られ役、スーツアクターなどを演じ、映画になくてはならない俳優集団です。つかこうへいさんの「蒲田行進曲」で階段落ちをする「ヤス」のモデルとなったのが、汐路さんでした。

汐路さんは、1958年の映画「新撰組」で8メートルの階段から真っ逆さまに落ちる役を演じ、そのシーンの特別報酬は1万円だったそうです。生涯に2000本以上の作品に出演した汐路さん。多くの大部屋俳優さんへの敬意も込めてご紹介しました。

実生活では、若手俳優の相談に乗ったり子供たちに書道を教えることもある温厚な方でした。1994年、肝不全のため66歳で永眠されました。

雲間猿彦/二見忠男さん

猿彦・犬彦は魔風忍者です。どちらかが倒れればもう一方も運命を共にする双子の忍者でした。

二見忠男さんは、大学卒業後に劇団テアトルエコーに所属。1964年に声優としてデビューしました。

テレビアニメ「ビッグ X」に初参加。その後も様々な役柄を演じ、声優・俳優として多くの作品で助演しています。

特撮番組では怪人の声を担当。仮面ライダーでは死神博士の正体だったイカデビル。「宇宙鉄人キョーダイン」「カゲスター」でも敵役を演じています。

舞台ではミュージカルに出演するなど幅広く活躍されましたが、1994年肺がんのため63歳で永眠されました。

陽炎/時美沙さん

青影の姉・陽炎は盲目の女忍者です。第4部「魔風編」に登場しました。

時美沙さんは、1968年から3年間だけ映画に出演されています。最初に公開された作品は若山富三郎さん主演の極道シリーズ第2作。「帰ってきた極道」でした。

その後も「兄弟仁義」「傷だらけの人生」などの任侠映画で助演しています。テレビでは「赤影」が初出演でしたが、レギュラー出演した番組もこれが最初で最後となり、1973年を最後に引退されています。

時さんは手品師としてゼンジー中村さん門下で活動していたこと、「時美沙」が本名であること、引退後は近畿地方にお住まいだという情報から調査したところ、過去に兵庫県の逆瀬川沿いに時さんの飲食店があるとの情報がありました。

しかし、情報が古く詳細は不明でした。ご存知の方がいらしたら是非教えてくださいね。

以上になりますが、当時の記憶が蘇ってきますよね。

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